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zoom RSS 赤ふん宴会

<<   作成日時 : 2018/03/07 19:24   >>

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●バカバカしいお話ですが
あれは昭和の終わりごろの出来事だった。
私はある職場の幹事として、秋の旅行として仲間と共に温泉地のホテルに到着した。
入ってすぐに、フロントの赤ふんが目に入った。
なぜこんなところで売っているのだろう?と疑問に思いつつ、同時に高校時代の臨海学校のことを思い出した。
臨海学校は赤ふん着用が義務付けられていたのだ。
幹事の私は閃いた「そうだ!今夜の宴会は赤ふん着用でやろう!」
仲間にその旨を提案すると、みなすぐに乗ってきた。
職場には、私を筆頭に(だと思うのだが)安易で軽率で悪乗りするタイプの人がそろっていたようだ。
早速人数分を購入、偶然女性の職員は不参加だった。(きっと経験的に悪い予感がしていたのかもしれない。)

●赤ふん宴会が始まった
宴会の席では、みんな律義に赤ふん姿で参加している。
時間がたつにつれ、みな赤ふん姿でいることを忘れているようだった。
いつものことだが、はしゃいで取っ組み合いも始まっている。
ケンカではない単なるじゃれあいだ。
ペットショップで子犬がじゃれあっているようなものだ。
写真もしっかりと撮った。

●隣の宴会場から差し入れが
ホテルの従業員が大量にビールを運んできた「これはお隣の○○様からの差し入れです。」
何と、隣の会場では同じ会社の別のセクションの宴会が行われていたのだ。
これは何かの縁、と、私は幹事としての使命感からすぐにお返しの品を持参してお礼のご挨拶に行った。
会場に入ってみると、我々の3倍ぐらいの人数だ。しかも女性が多い。
自分が赤ふん姿であることは、意に介さず、堂々と毅然とした態度で・・・
マイクを借りてステージに立ち、お礼の旨を述べ、隣で騒いでいることをお詫び申し上げてきた。

●宴会時の写真を全員回覧に
職場に戻り、すぐに現像した。
(※当時は、デジカメはまだなくフィルム写真だったので、現像処理が必要だった。)
出来上がった写真を見ると、悪乗りしている姿がよみがえってくる。
中にはきわどい写真もある。
見えそうで見えていない、いや、見えているのかも、いやいやこれは絶対にヤバいかも?
ふんどしは、ちゃんと締めないと次第に緩くなってヤバいことになる。説明書を見ながらちゃんと締めたつもりでも、慣れていないため致し方ないのだが・・・
まあ、私の検閲は全てOKとなり、全員回覧にした。
職場のトップの人物は「これは持って帰って娘に見せて教育してやるんだ。男というのはみなこんなもんだと。」と言って数枚持ち帰った。 (※その娘さんは当時は二十歳ちょっと過ぎで独身でした。)
ヤバそうな写真の人物は私の直の上司だったのだが、後に市長になった。
(※なお職場の皆さん市の職員ではありません。)

●女性職員の反応
写真は全員回覧なので女性たちにも回りましたが、一応「アハハ!」と笑ったものの、女性たちに言わせると「まあ、あなたたちのことですから、この程度では別に驚きもあきれ返りもしません。むしろ何もない方が驚きです。」
後日、隣の宴会の職場から写真が送られてきた。
手紙が添えられていて、大変楽しませていただいた、女性職員たちも喜んでいたようだし、いい思い出が出来たとかのことが書かれていた。 (※社交辞令に違いないと思うが・・)

●昭和ののどかな職場
以上の話は、一例だが、振り返ってみると、昭和という時代は和気あいあいとした楽しくて愉快な時代だったと、つくづく感じる。
若い人には、「ふんどし」の言葉自体知らないかもしれないが、そういう我々も普段ふんどしを着用していたわけではない。あの時ホテルになぜ赤ふんが置かれていたのか?考えても理解できない。

●現在でも赤ふんを着用している学校がある
もちろん体育の水泳時にだが、男子には赤ふんを締めるという日本の伝統的な文化を体験させる意味で、着用している学校が結構ある。
そういった学校は歴史のある学校が多いと思うのだが、ネットで検索すると学習院や開成・巣鴨・日比谷など他にも多くの学校がヒットした。
念のため、私の母校の同窓会にメールで問い合わせてみると、現在は廃止したとのことであった。ちょっと残念なことである。生徒が嫌がる気持ちはよく分かる。私自身がそうだったし、でも、いったんやめると復活はまず無理だろう。どう見てもふんどしがカッコいいとも思えないし、健康にいいとも思えない。このような観点から考えると、廃止になるのは自然な流れだが、続けるというのは伝統ということで割り切るしかない。
私の母校は廃止になったが、伝統を重んじて今でも続けている学校はうらやましく思う。そういう学校にはエールを送りたい。

●昭和は遠くなりにけり
昔、「明治は遠くなりにけり」という言葉をよく聞いた。
中村草田男の俳句 「降る雪や 明治は遠く なりにけり」 に由来する言葉だが、
この句が読まれたのは昭和6年のこと。明治からたった20数年しかたっていないのに、明治は遠くになってしまったと感じたようだ。
すると、今は昭和から30年たっているので、とっくの昔に昭和は遠くになってしまっていることになる。
来年は、新年号に変わる。
ますます昭和は遠くに・・・どころか、はるか彼方になってしまいそうだ。

そう言えば、昭和生まれの私ですら若いころは、大正・明治はかなり昔の時代に感じていた。
今日床屋に行ってきたが、カットしてくれた人は平成生まれのお兄さんだった。
そのお兄さんも言っていた、「新しい年号になったらボクも昔の人と呼ばれるのかな・・」と。

※補足説明・俳句の意味
雪が降る中、20年振りに母校の小学校付近を歩いた。母校は昔のままと変わらないなあと、その当時の様子を思い出していた。その時、学校から出て来たのは、金ボタンの外套を着た児童たち。すっかり服装が変わって20年の歳月の流れを感じ、そして明治は遠くになってしまったものだとつくづく思った。

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